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2020年03月07日

歴史探訪 黒部ダム建設秘話が面白い!

こちらに来て 信濃大町駅前の商店街にある
紹介された物件についての歴史的価値を調べています。

今年で151年目の建物で、みんなが口にする言葉
「黒部ダム建設のときの宿舎・事務所になっていた建物」だと


その当時
近隣の村から野菜をしょいこにいれて商店街でお店を開き行商してた
建設に携わった人たちの日銭でとても景気が良かった
現在もたくさんある洋服屋さんもそのおかけでとてもよく売れていた。
など

現在の商店街はシャッターがおりているところも多く
面影はありません。

本当かな?
と思い 図書館に行きました。

”黒部ダム建設当時の商店街の様子を記してある本や写真はないですか?”
”昔の時代の様子をご存じのスタッフはいらっしゃいませんか?”


するとでてきたのです。
鍵がかかっているお部屋から
「ふるさと大町」という写真集

これに見覚えある 現在もあるお店など
その時代の写真が




~この見覚えのある看板は・・・お隣?~
え~っ

説明文をみると
「サンフランシスコ講和条約締結の大安売り」と書いてあります。

社会の教科書で習った
サンフランシスコ講和条約
せれをお祝いしての「大安売り」

すごい
時代をビシビシと感じます。

で図書館の方にいろいろ聞いてると
敷地内にある「文化財センター」に行くように勧められ
いわれるがまま、センターにおじゃますることに。

館長さんらしき人が出てこられ積極的に教えてくれました。

商店街にはたくさんの歴史的建物が残っていて江戸時代のものもある。
庄屋さんは街道の税関の仕事もしていて
現在たくさん残っている蔵もその時代の建物

大庄屋さんがおさめていた商店街のエリアは黒部ダム建設当時は
最初の関西電力の事務所があり全国からたくさんの人が集まっていた。

また、別の方からは
黒部ダム建設においては「黒部の太陽」という映画に書かれている通り
命に代えてもダムをつくる!!という意気込みのある人たちが集まり
その高度成長期時代の最先端の工事ということでプライドをかけての工事を行っていた
まだまだ一般的には車がとても珍しい時代だったけど、この辺りは普通に車が走っていた。


などなど

面白すぎるお話がたくさんあるのでした。

こうなると
やっぱりその物件がどのような建物として、どんな間取りで使われていたのか?
その時代 ここがどんなだったのか?を
詳しく聞きたい
写真を見たい
だれかおしえて!!

ドラえもんいないかな?
タイムマシンにのって見に行ってみたい。

もともとこの市の住民の方はあたりまえで
興味が薄いかもしれないことを
自分が興味をもって調べているというのが周りに伝わったらしく

なんと
その時代を詳しく知っている
関西電力OBの方とつながったのです。

来週お会いできる
楽しみです。

  


Posted by なるちゃん at 12:00Comments(0)北アルプスの自然